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熊本地方裁判所 昭和40年(行ウ)5号 判決 1966年12月20日

原告 鎌田善造

被告 厚生大臣

訴訟代理人 高橋正 外七名

主文

被告が昭和三八年六月二六日原告の障害年金請求を却下した処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、原告が農漁業に従事していること、原告が昭和一四年七月中佐世保海軍設営隊に入隊し、同一五年四月中中国広東港において御用船万光丸より駆逐艦に石炭積込の荷役従事中、ワイヤロープが起重機より落下して原告にあたり、そのため左腕橈骨及び尺骨骨折の傷害を負つたこと、その後同年四月一五日佐世保海軍病院に入院し、同年六月二五日退院したこと、

原告が昭和三七年末被告に対して右負傷に基く障害年金の下付申請をなしたところ、被告は原告の不具廃疾の程度が授護法に規定する第三款症に達しないとの理由で同三八年六月二六日右申請を却下する旨の裁定をなし、そのころ原告に対しその通知をなしたこと、そこで原告は同三九年三月二三日被告に対し行政不服審査法に基き異議の申立をなしたところ、被告は原告の障害の程度が恩給法別表第一号表の二及び三に定める程度の不具廃疾に達するものとは認められないので援護法第七条第一項に定める障害年金の受給権を有しないとして同年一二月七日右異議申立を棄却する旨の決定をなし、同決定が同四〇年六月三〇日原告に送達されたこと

はいずれも当事者間に争いがない。

二、しかるところ原告の援護法第七条第一項による障害年金受給権者としての要件中その障害の程度を除いたその余の要件について欠けていないことは当事者間に争いがなく、原告はその障害の程度は同条の引用する恩給法別表第一号表の三の第三款症中「身体的作業能力を軽度に妨ぐるもの」に該当すると主張し、被告はこれを争うので以下判断するに、

<証拠省略>によれば、

本件骨折は左腕橈骨及び尺骨の上部約三分の一の部位における完全骨折であるところ、原告は昭和一五年四月一五日前記病院にて右骨折部の銀線縫合の手術を受けたが、当時から既に骨折部に異常可動があり、その後約三年間は腫脹発熱があつたがこれは漸次消炎し、結局昭和三七年以降同三九年当時の右骨折による症状は、前記銀線縫合による骨質癒合が未だに不良の状態にあつて癒着しておらず、わずかに銀線により連結しているのみの仮関節の形状をなしていること、そのため

(一)  右骨折部位は異常可動し、軋轢音を発し、又左肘頭から小指頭間の長さが右腕に比べ約一、五糎短縮していること、

(二)  経路機能障害により、左肘関節屈曲度は七〇度(正常三〇度ないし三五度)で、その際左掌面は右内方に五〇度異常転向し、左腕関節掌側屈曲度は一三〇度、同背側屈曲度は一四〇度(正常は掌・背側とも一一五度ないし一二〇度)で各屈曲障害がある外、神経圧迫により、左手背小指側、小環、中指には常時痺感があり、握力は左一〇キロ、右四三キロで左は極度に減退していること、

(三)  その他左手掌を上方水平位になし得るが、それ以上外転することは不可能であり、運動時骨折部に疼痛があり夜間は鈍痛があり、結局左手で重量物を持ち上げたり、運搬したりすることはほとんど不可能な状態にあること、

等の各症状にあり、すでに骨折後相当年数を経過しているので、再手術により右骨折部が癒合する見込は全くないため、前記各症状は永続的なものであることが認められ、結局援護法の規定する基準時である昭和二七年四月一日当時の原告の不具廃疾の程度は右認定の症状と大差ないものと推認される。

そうすると、当時の原告の不具廃疾の状態は恩給法別表第一号の二および三の定める等級別の位置づけにてらし、同表三の第三款症「身体的作業能力を軽度に妨ぐるもの」に該当するものと云うべきである。

三、被告は原告の症状に被告が裁定をなす際に判断の基準として使用している関節角度測定法を適用すると、右症状のうち左肘関節の屈曲障害は同測定法の第五款症に、又左腕関節の屈曲障害は同測定法の第二目症ないし第三目症に該るのみで、その余の症状は右判断の対象とならないから、結局右関節の屈曲障害をもとにして四肢の機能障害を綜合判定すれば、その程度は精々第五款症であるにとどまり援護法所定の第三款症に達しないと主張し、<証拠省略>の関節角度測定法を原告の前記関節屈曲度に適用すると、被告主張の結果の得られることが明らかである。

そして被告が障害年金請求の裁定にあたり不具廃疾の程度を査定するため一定の尺度を設けることは適切な措置というべきであり、そのために用いているという前記関節角度測定法は、四肢の不具廃疾につきその亡失の場合とそうでない場合とを分け、亡失の場合には亡失の程度、亡失に至らない場合には関節の機能の障碍の程度、に応じてそれぞれ分類し、これを恩給法別表第一表の二、三の定める等級に結びつけているものであつて、亡失に至らない四肢の機能の障碍の程度は通常の場合大体において関節機能の障碍の程度に置きかえて判定して大過ないと考えられるから、その定める尺度もそれなりの合理性をもつことは否定することができない。

しかしながら右関節角度測定法が法令に根拠を有するものでないことは被告の自認するところであり、四肢の不具廃疾の程度を判定するのにその定める尺度を用いる以外に方法がないというような論理上ないし実際上の根拠はこれを認め得ないから、その定める尺度は、これに依拠することを不相当とする事情が明確でないかぎりにおいて事実上の妥当性を有するにとどまり、法の適用上法と一体をなしてその内容を具体化する細則としての法的基準性をもつものでないことはむしろ当然である。

その見地から原告の場合を考えてみると、前掲各証拠上、原告の左手が不自由なのは橈骨および尺骨の骨折が癒合していないためであつて、そのことからこれら腕の骨が筋肉の収縮力を十分に支えることができず従つて左手が作業能力を発揮できないほか痛みやその他もろもろの不愉快な症状をあらわしている関係にあることが明らかで、本来関節やこれを動かす筋肉、神経自体の故障が原因となつているのではないから骨折部がともあれ銀線縫合されているかぎり関節の屈伸自体にはさほど影響を及ぼさぬこともあり得べく、従つて偶々関節の屈伸に影響があらわれまたはあらわれなかつたからといつて、逆にその不自由さを関節の屈伸角度のみによつて判定しようとするのは全くの本末顛倒と評するほかはない。即ち、遡つて言えば関節の屈伸の程度で四肢の健否を測るためには最小限関節以外の部分で骨が勝手に曲つたりしないことが当然の前提だと考えられるのであつて、その意味において原告の左手の障碍は前記のような仕組の関節角度測定法の妥当範囲の外にあるものというべきである。

従つてその定める尺度を基準として原告の不具廃疾の程度が第三款症に達しないとする被告の主張には到底くみすることができない。被告はほかにも第三款症に達しない所以を云為するが、その主張自体到底採用に値しない。

四  そうすると原告の障害年金下付申請を却下した被告の裁定は違法というべきであつて、その取消を求める原告の本訴請求は理由があるから正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫 久末洋三 福富昌昭)

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